ハラスメント防止の取り組みがなぜ必要か
社会保険労務士・キャリアコンサルタント、またハラスメント専門相談員の経験を通じて強く感じるのは、「ハラスメントは起きてから対応すればいい」という考え方が、実はいちばんコストのかかる選択になってしまうということです。
データで見る職場の実態
厚生労働省が公表した令和5年度「職場のハラスメントに関する実態調査報告書」を見てみますと、過去3年間にハラスメントを受けたと回答した労働者は、パワハラが19.3%、次いで顧客等からの著しい迷惑行為(カスハラ)が10.8%、セクハラが6.3%という結果でした。約5人に1人が、パワハラを経験しているということになります。
さらに気になるのが、実際に起きてしまった際の対応です。この調査では「何もしなかった」という回答が最も多く、パワハラで36.9%、セクハラでは51.7%、カスハラで35.2%にものぼりました。セクハラ被害の半数以上が、何の対応もされないままになってしまっているのです。
2026年10月、就活セクハラにも同じリスクが
職場のハラスメント対策をめぐっては、改正法により中小事業主を含むすべての事業主がパワーハラスメントの防止措置義務の対象となるなど、法整備が進められてきました。
2026年10月に施行される改正男女雇用機会均等法では、求職者等セクシュアルハラスメント(いわゆる就活セクハラ)への対応も、企業の皆さまの義務としてはっきりと定められます。
ただ、体制を整えることと、実際に起きた出来事にきちんと対応できることは、また別のお話なのです。
採用選考中の学生さんや転職活動中の求職者の方は雇用関係にない分、相談のハードルも社内での対応の勝手も従業員の方とは少し違い、義務化をきっかけに「窓口は用意したけれど、いざというときに対応しきれない」という、これまでと同じような状況が繰り返される可能性は十分にあると感じています。
採用が厳しくなっている今だからこそ、就活セクハラへの対応の不備は、応募される方の減少や企業イメージの低下にも直結しかねません。
起きた後には、想像以上の負担が
相談員として現場を見てきた立場から申し上げますと、外部相談窓口やハラスメント対策委員会といった体制を整えていたとしても、一度起きてしまった問題は、決して簡単には解決してくれません。
ハラスメントの内容は、当事者同士の関係性や職場の雰囲気、被害の程度によって、本当に一件一件まったく異なります。
マニュアル通りに進むことはほとんどなく、事実確認を進める過程では、被害を受けた方・そうでない方双方のプライバシーをしっかりお守りしながら、心の不調のサインにも気を配りながら進めていく必要があります。この両立自体がとても繊細な作業で、スムーズに解決へたどり着くこと自体が難しいのです。
時間的な負担:ヒアリングや報告書の作成には数週間から数か月かかることも多く、日々の業務にも影響が出てしまいます。
心の負担:被害を受けた方、そうでない方、まわりの従業員の方、対応にあたるご担当者の方まで、関わるすべての方に心理的な負担がかかります。対応が長引くことで、体調を崩されてしまうこともあります。
組織への影響:「相談しても、結局変わらない」という空気が広がってしまうと、ほかの問題も表に出にくくなり、職場全体の心理的な安全性が下がってしまいます。
人事のご負担:懲戒や配置転換のご判断、退職された方が出た場合の採用・教育のやり直しなど、実務のご負担は決して小さくありません。
「見て見ぬふり」が招く、人材の流出
いちばん心配なのは、問題を放っておいた結果として、従業員の方が会社を去ってしまうことです。
せっかく育ててこられた人材や、これから活躍が期待される方が、対応の不備をきっかけに離れてしまうことは、企業にとって本当に大きな損失だと思います。日頃からの採用・定着支援の視点を持つことが、こうした流出を防ぐ土台になります。
予防こそ、最善の一手
これまでの経験の中で感じるのは、「予防にかけるコストは、起きてしまってからのコストよりも、ずっと小さい」ということです。相談窓口を整えることは最低限必要な体制ですが、それだけでは十分とは言えません。管理職の方への研修や、日頃からの風通しの良いコミュニケーションづくり、小さな芽のうちに気づいて対応することこそが、本当の意味での防止策になります。
「人が辞めない。人が育つ。」そんな職場づくりのために、ハラスメント対策を「起きてからの対応」ではなく「起きる前への投資」として位置づけていただくことを、専門家として、心からおすすめしたいと思います。
参考資料
厚生労働省「令和5年度 職場のハラスメントに関する実態調査報告書(概要版)」https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/001541298.pdf
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