このたびの法改正により、厚生年金保険等で用いられる「標準報酬月額」の上限が引き上げられることとなりました。今回はこの改正の背景や目的、実際にどのような影響が出るのか、社会保険労務士の視点でわかりやすく解説します。
1. 改正のねらい
これまでの上限設定(標準報酬月額:65万円)を超える高収入の方は、実際の賃金に対する保険料負担が低くなっていたため、世代間・世代内の公平性が課題となっていました。
今後も続く賃金上昇に対応し、「実質的な負担の公正化」と「将来の年金給付の底上げ」を目的として、上限引上げが段階的に実施されます。該当する方(高収入の方)は負担増となりますが、将来受け取る年金額も増加します。賃金上昇が続く中で「実収入に見合った負担」を求めることで、制度の公平性を高めます。
また、制度全体の財政が改善することで、低年金層を含む厚生年金加入者全体の給付水準向上が期待されます。
2. 段階的な引上げ内容
標準報酬月額の上限が、65万円から最終的に75万円へ、3年をかけて引上げられます。
- 2027年9月 … 上限68万円
- 2028年9月 … 上限71万円
- 2029年9月 … 上限75万円
3. 負担額と年金増加額のイメージ
以下、2024年度基準での【月額負担増】および【将来の年金増加】(1年間該当した場合の概算)です。
報酬月額 | 標準報酬月額 | 保険料月額(本人負担分) | 実質負担増額 | 年金額増加(終身、月額) |
---|---|---|---|---|
現行 63.5万~66.5万円 | 65万円 | 59,475円 →59,475円 | +0円 | +0円 |
2027年改正 66.5万~69.5万円 | 68万円 | 59,475円 →62,220円 | +約1,800円/月 | +約150円 |
2028年改正 69.5万~73万円 | 71万円 | 59,475円 →64,965円 | +約3,700円/月 | +約300円 |
2029年改正 73万円~ | 75万円 | 59,475円 →68,625円 | +約6,100円/月 | +約510円 |
※実質負担増は社会保険料控除(所得税23%・住民税10%)を考慮
※保険料は「標準報酬月額 × 保険料率 × 1/2」で計算しています(保険料率は年度によって異なります)。
※10年間で年金増加額は、月額年金額増加×10 程度になります。
※65歳時点の平均余命 男性:19.52年 女性:24.38年
4. 改正の実務上のポイント
- 【対象者】上限引上げの対象となるのは現行上限(月額66.5万円)を超える報酬のある方です。多くは高所得の役員・管理職・専門職等が該当します。
- 【企業の対応】該当者への説明が重要です。社会保険料額の改定通知、将来の年金情報の提供など、丁寧な案内を行いましょう。
- 【実務上の留意点】社会保険料は会社と折半のため、企業負担も増加します。人件費計画へ影響する可能性があります。
5.おわりに
本改正は「公平性の観点」と「年金制度の安定化」を目的としています。高収入層への負担増のみならず、厚生年金全体の給付水準向上にもつながります。今後の賃金設計や人事・労務管理において、制度変更を踏まえた計画的な対応をすすめましょう。